作品
小石の音を聴く
静寂の観測所1 / 4
ある町の小さな診療所に、不思議な女性がいた。 人は彼女を「音を聴く人」と呼んでいた。 彼女は小さな診療所の一室で、いつも相手に体を向け、ただじっとその声に耳を澄ませていた。けれど、その目は言葉の出てくる口元ではなく、もっと別の、まだ形になっていない何かを見ようとしているようだった。 ある日、ひとりの若い男性が彼女を訪ねた。彼はなにも話そうとせず、ただ診療所の椅子に座って俯いていた。彼女の方も彼に名乗ることさえ求めず、ただ静かにその時間を受け入れていた。 不意に、やわらかな沈黙の中に硬い音がひとつ紛れ込んだ。床を小さなものが転がる音だった。 男性が音の方へ視線を向けると、いつの間にか二人の間の床に、一つの小石が落ちていた。 彼女の白い手が伸び、その美しい小石を拾い上げた。そして、それを海辺の貝殻から海の音を聴こうとするみたいに耳に押し当てた。 彼女は目を閉じて耳を澄ませ、たっぷり一分ほどそうしてから、そっと小石を耳から離した。 男性は目を見開いた。それから、ほんの少しだけ和らいだ表情を浮かべて言った。 「僕のことなんて……誰も理解できないと思っていました」 それだけ言うと、男性はまた黙り込んだ。 女性はすぐには答えなかった。石を手のひらに包んだまま、二人の間にある空間をじっと見つめていた。 「……理解できる、とは言えません」 彼女の声はほとんど囁き声だった。だが、静かな診療所の一室では、それで十分だった。 「それでも、あなたの声にならない気持ちは、ここに残っていきます。だから、どうかそれを置いていってください。拾っておきますから」 その日から、彼はときどき診療所にやってきて、なにも言わずに、ただそこにいるようになった。彼があの部屋へ通うようになったのは、彼女の言葉に救われたからではなく、静けさの中から拾い上げられたものを、見過ごせなかったからだった。 彼が訪れるたびに、診療所の窓辺には、言えなかった言葉の数だけ小さな石がひとつずつ増えていった。 そして季節が移ろった頃、彼は静かに微笑んでこう言った。 「小石が、音を立ててくれた気がしました」 「もう、落ちたままではなさそうですね」 彼が帰った後も、椅子の前にはさっきまでの沈黙が少しだけ残っていた。けれど、それは前と同じ沈黙ではなくなっていた。 それからも、その不思議な女性を訪ねる人は後を絶たなかった。 怒りを抱えた人。泣き方を忘れた人。名前を捨ててきた人。誰もが自分の中に転がる小石の音を、彼女に聴いてもらうのだった。あるいは、彼女に聴かせてもらうのだ。 いつしか彼女の部屋の窓辺には、訪れた多くの人々の小石が並ぶようになった。色も形もばらばらで、綺麗なものばかりではない。それでも、窓から差し込む陽光に照らされて、小石は雨上がりの水滴みたいに輝いていた。 そのとき、扉の向こうで躊躇うような足音がひとつ止まった。 彼女は振り返り、まだ形のない沈黙に、静かに耳を澄ませた。